【公式】六殿神社

国宝の楼門を持つ雁回山の麓の六殿神社は、源為朝の所縁の地です。

境内のご案内

本殿

本殿

宿大神社

宿大神社

社殿の向かって右には、子授け安産、母性の守り神として安徳天皇の生母である建札門院徳子を祀る宿大神社が鎮座しています。

大王宮

大王宮

鳥居前に平重盛命とその父の平清盛を祀る大王宮が鎮座しています。

中王宮

中王宮

社殿向かって左の奥は中王宮。高倉天皇の御綸旨を奉じての創建以来、初代から第3代までの大宮司の平江三郎為歳、平江判官為宗、平江左衛門尉為示を祀っています。御祭神は、紀州宇田森から当社の神職となり、平氏の一族にして平江姓の始祖とされています。

代官宮

代官宮

社殿向かって左手前、代官宮の御祭神の伊津野帯刀競 佐藤少監信明は、創建時に社領を附せられた地区の初代代官で、伊津野、佐藤姓の祖神です。

菅原神社

菅原神社

雁回山側に進んで、手前には菅原道真を祀る菅原神社が鎮座しています。

鉾神社

鉾神社

雁回山奥に医療の神、疫病退散・病気平癒の御神徳のある八千矛神と少彦名大神を祀る鉾神社が鎮座しています。

雁回山

雁回山

雁回山(木原山)と呼ばれる標高314mの丘陵地帯、丘陵の北斜面の東北から西に広く展開する平坦地の単純な地形、富合平野はその面積19・75平方㎞、別名木原山の名において源平の昔から史跡伝説に富む。

古くから鎮西八郎為朝の伝説がある。為朝は源の為義の八男であるが、仁平元年(1151)13才のとき、乱暴を忌まれて、父から九州に追われた。はじめ豊後にあったが、肥後に入って阿蘇氏と結んだ。阿蘇平四郎忠景の子忠国のむこになり、鎮西八郎為朝と称した。

為朝の伝説は方々に残るが、木原山はことに有名で木原城(飛雁城)は為朝の城跡といい、雁回山の別名は、為朝の剛弓におそれて雁が列をみだしてからだという。